わくわく木版画

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番外編:「谷中、花と墓地」


「谷中、花と墓地」   サイデンステッカー著
みすず書房(http://www.msz.co.jp/) 2,520円(2,400円+消費税)

 人は思いがけないところで繋がる。私がサイデンステッカーさんと知り合ったのは、まったくの偶然のようなもの。初対面で自己紹介しあったとき、名前を伺ってどのような立場の人かはすぐ理解したのだけれど、門外漢であってみればそれ以上に深入りのしようもないから、当たり障りのない世間話で終始した。再度お会いするとも思っていなかったし・・・。

 時を経て、谷中はもちろん、浅草から下町界隈の散策に同道し、なじみの居酒屋めぐりにお付き合い。結果して、最期を看取る。お別れの偲ぶ会の参会者のために私家版「サイデンステッカー」を制作した。それに目を留めたみすず書房の方から出版のお話があり、私家版に24篇を増補して一書になったのがこの「谷中、花と墓地」である。

 一書になる大本のきっかけを与えてくださったのは、上野商店街の「上野のれん会」である。会で発行しているタウン誌「うえの」に連載のお話をいただかなかったなら、この一書はありえなかった。期限なし、テーマなし、で自由に書かせて下さったから、いろいろな領域に踏み込んだ文章が成ったと思っている。

 サイデンステッカーさんは、若い頃から結構トラブルメーカーだったという。出版人ともおおいにやりあっていた。時折、かつてを楽しむがごとく顛末を話してくれたものだ。なにしろ、日本人の根回しや、まあまあーや、次回からは○○としても今回はとりあえず、などといった曖昧さを良しなかった。しかも、駄々っ子のように、「どうしてですか、それはおかしいですよ」と歯に衣着せぬ発言で食い下がるから、相手は閉口したらしい。結構けむったがられていた、と本人も述懐していたものだ。しかし、この著書に目を通せば分かるが、反面では日本人も呆れるくらいに情緒を大切にしていた。

 愛猫の死に触れるときなどは、ただでさえ大きなギョロ目に水晶体をもう一個乗せたように見えるくらいに目を潤ませて、感傷を語ったものだ。そうした感情の振幅や細やかさが垣間見られる本書は、著者の他の出版物では伝わりにくい人柄と人情味に触れるめったにないチャンスを与えてくれる。興味のある方は、是非に是非に、目を通してみていただきたい。

 お薦めします。

 表紙のひなげしの絵は油絵小品。サイデンステッカーさんと旧くから親しくしていた故福田裕氏の初期作品。谷中が、ひなげしと特別な縁があるわけではないが、サイデンステッカーさんはこの作品が気に入ってハワイまで持参し、あちらの居間に飾っていた。遺骨をハワイにお届けした際に、記念品だからと東京に持ち帰えらせてもらった。「花と墓地」の花に掛けて、どうせなら縁のもので纏めたいと表紙に使っていただいた次第。ほかにも、いろいろな縁が絡み合って成った一書でもあります。

 そんなところも、理由にならないながら、ちょっとお薦めです。