わくわく木版画

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木版はがき:枇杷

木版はがき「枇杷」     ホーム頁 http://kobo-yuu.kir.jp
200円

 少年期まで育った田舎の家には、枇杷の木が2本あった。一本は家の裏手で、二階家と同じぐらいの高さがあった崖の下で、しかも便所の裏側という環境。崖下のその場所には、柿の木も育ち、タラの木にオオムラサキツツジも混在していて狭い場所にいくつもの植物が競うように屋根の上まで枝を伸ばしていた。

 もう1本は東側に広がった畑の真ん中にあって、これは周りにほかに立ち木もなく、1本だけ思う存分に枝を伸ばしているのであった。そういう環境の違いのせいか、崖下の木は実の色もレモン色っぽく青ざめ、枇杷の葉特有の葉裏のざらざらや全体のゴワゴワ感が、畑のものに比べて薄弱だった。だから家の者も、畑の実は熱心に採ろうとするのだが、どうしても崖下の実は等閑視されやすく、家族に無視された挙句、小鳥の餌になってしまうのであった。いや、小鳥も結構無視していたなあ。餌の少ない時期でもなかったことだし---。

 都会では、枇杷の実を毎年必ず食べるという人は少ないと思う。田舎の人だって自分の家に木がない人は、食べる機会は少なかったと思う。だいたい、自家栽培の枇杷なんていうものは、長崎の茂木枇杷や昨今の千葉の枇杷の実のように大きくて、肉厚な実なぞはつけやしない。かぶりつくとすぐに大きな種が出てきて、食べ甲斐がないのだから、田舎でだって枇杷を競って食べるなんてことはなかった。

 しかし、この木は偉いんである。枇杷の葉温灸が有名だが、葉の上から蒸しタオルを当てるだけでも、体にいい作用を与えてくれる。実際、がんで亡くなった友人を看病しているころには、枇杷の葉で助かったという人に何人もあった。昔から、そういう手当ての時のために、一家に一本枇杷を植えた、という話も聞いたことがある。

 枇杷は、普通の果物とは成育の仕方がやや異なる。年末に花を咲かせ、梅雨時に実るのである。だから、地味な枇杷の花がどんなものか、知らない人が多いだろう。なにしろ、先生さえ走ってる時期なんだから、そんなくすんだ花に感傷を寄せる暇人はいないだろうし。
 でもね。実のついた枝ぶりは、なかなか絵画的ですよ。今回はあまり版の特徴など解説する必要はなさそうです。その分じっくりとご鑑賞ください。