わくわく木版画

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木版はがき:紫陽花(あじさい)


木版はがき「紫陽花」
200円

 ニュースでは、沖縄地方が入梅したそうである。例年より遅いと報じていたが、東京に住んでる者には早いという気がした。今年は五月晴れの日々が少なく、曇天が続いていた関東地方だったから、薫風さわやかな初夏を満喫した気がしていないせいだろう。

 梅雨といえば田んぼ。地方出身の高齢の者には、整然と植え込まれた稲田の水の漲った風景がすぐにイメージされる。では、都会育ちの若者などは、いったいどんなイメージを思い浮かべるのであろうか。「傘の花が咲く」と歌謡曲では歌っているが、案外その通りかもしれない。あるいは、梅雨という特別のイメージはない、と言われるかもしれない。

 梅雨と切り離せないイメージとしては、ほかに紫陽花がある。
 花屋ではなく、露地の紫陽花を知っている人ならば、この連想にはごく自然に納得がいくだろう。なぜなら、花に詳しい人には、晴れた日の紫陽花と曇りや雨の日の紫陽花とは別種であることが簡単に分かるからである。

 若いころ読んだ太宰治の小説「斜陽」のなかで、女性の着たセーターを形容して、曇り空には藤色だったか紫色だったか(正確なことを知りたい方は自分で直接本を読んでみてください)がよく似合う、といったことを書いたくだりがあった。
 とても若かった当時の私は、その文からなぜかパリジェンヌを連想してしまったのだが、要はグレーと淡い紫(強くないことは直感的に分かる)の調和は美しいということでよく納得したのだった。

 青味が強くても赤味が強くても、とにかく紫陽花の紫色は曇りや雨の空の色に映えるのである。しかも小糠雨(こぬかあめ)のような、世の中全体がぼうぼうと煙って見えるようなときはなおさらである。紫の中の赤味が、煙ったグレーの中で輝いて、そこだけが幸せの塊のような温かみを発散するのである。だから、梅雨の憂鬱な雨続きのとき紫陽花を連想するのは、肌寒のなかにほのかな温もりを求めるようなごく自然の連想と思う。

 この版画は4版。黄色・ピンク・青・濃いグレーである。紫陽花の花は、よく「七変化」と評される。土壌の性質や、花の咲き初めと終わりでは花色が変化するからである。
 この版も絵の具の量のちょっとした差で,現れる色調がクルクル変わる。まずは、緑の版がないことに注意してください。緑は黄色と青の重ね色で表そうとしています。(そうすると1版少なくすることができるでしょう!)だから、黄色の色味・濃度と青の色味や濃度によって出てくる緑色が変わってきます。赤と青との重ねの部分(つまり紫の部分)もまた然りです。

 こうしたことを見極めるのもまた版画を観る楽しみです。PC画像では分かりにくいかも知れませんが、是非、目を皿にしてね!